人間はエネルギー体 Topics

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物体の最小単位はエネルギー(素粒子)

 目に目るものがかならずあるとは限らない、目に見えないものがないとは限らない、ということは科学の最先端をゆく物理学が証明しつつあるという状況は、中学の理科の教科書、高校の物理の教科書を見てもわかる。

 かつて、物理学では「原子」が最小の単位とされてきた。物体が実際に存在していて、それらすべは原子という実際にあるものによって構成されている、という考え方である。しかし、その後の物理学の研究の進歩によって、原子は、中性子、電子、陽子というものから構成されていて、それらはさらに追及していくと、究極的には「素粒子」によって成り立っていることがわかった。

 そしてこの素粒子は存在が確認されたものではなく、実体のないエネルギーというかたちで存在している。つまり、見方によっては見えることもあり、見えないこともある、ということで、言い換えれば、確率の問題ということもできるだろう。

目に見えるものが全てではない

 目で見えないものは信じない、という考え方では、もうやっていけないということだ。物体がそこにある、というのではなく、その存在さえ、実体として確認できないものから成立しているということが、すでに先端科学では常識なのである。

 まだ納得がいかない、という方もいるだろう、実際にそこにあるじゃないか、手を伸ばせばつかむこともできるじゃないか、叩けば音がするじゃないか、という意見もありそうだ。だから、目の前にあるものは、実体のないものでは断じてない、というわけだろう。

 だが、ちょっと考えてみていただきたい。見たり、聞いたり、触ったりするのは、すべてあなた自身である。つまりあなたの感覚という主観を通してその存在を認識しているのである。あなた自身がそのエネルギーを感じているだけであって、それが本当にある、ということの証明にはならない。

 極端に言えば、あなたが会社を退社したあと、その場にまだ会社がある、という保証はどこにもない。引き返して見に行けば、きっと建物はあるだろう。ふだが、それもあなたの視覚による、主観であることの変わりはない。いいかえれば、世の中のすべてが実体のないものから成り立っているということになる。

実体とは概念と五感が感じたエネルギーの照合

 では、実体のないものの集まりがなぜ、人間の目には見えるのだろう。それは実体のないもののエネルギーを、人間の五感が感じているからだ。頭のなかに入っている具体的なもののイメージ、「概念」と五感が感じとるエネルギーを照合して、「見える」のである。

 エネルギーを感じても概念と照合することができなければ見えない。「般若心経」の中にある有名な「色即是空・空即是色」という文言がある。ここでいう「色」とは実体ということである。つまりは、「実体と見えたものも、よく見ると実体ではない。実体がないと見えたものも、よく見れば実体がある」という意味になる。

すなわち、人間は自分で自分の世界を創造している、という考え方なのだ。何百年前以上も前にかかれた仏教のこの経文の一句が、対極にあると思われていた物理学によっていま、証明されつつあるのである。

人間の体も実体がないエネルギー

 世の中すべてのものが実体のないものだとすると、それを見たり、聞いたりできるあなた自身は、はたして実体があるのだろうか。確かにここにいるじゃないか、といわれそうだが、実体のないことについては、物体も人間も変わりはない。特に人間の体は、そのことが顕著にいえる。私たちの体は、およそ10分の28乗個の原子によって成り立っている。そのこと自体、すでに人間も物体と同様であることを証明しているといえるだろう。構成的には、何ら変わらないのである。

 さらに、人間は生命を維持するために、常に新陳代謝を行っている。新しい細胞をどんどん作り出し、それと同時に古い細胞を捨てている。これによって、1年で、およそ98%の原子が入れ替わり、5年も経てば、もともとあった原子は1個も存在しないと言われている。構成的にみれば、私たちは常に新しく生まれ変わっているといえるだろう。

(「あなたの脳は退屈している 人生を楽しくさせるハチュウ類型脳とは」濱野恵一 1993/7/30 ごま書房より引用)