人間も動物も主観的な世界で生きている(環世界) Topics

 動物行動学の先駆的研究家であるドイツのユクスキュルが唱えた「環世界」という概念は、1930年代というきわめて古い時代のものであるが、動物たちを見ていると、ユクスキュルは非常に重要なことを言っていたのだということがわかってくる。

 モンシロチョウならモンシロチョウ、アゲハチョウならアゲハチョウが構築している「環世界」であるけれども、それは現実の姿とは違う。もし、われわれ人間が、見て捉えている、把握しているものを現実のものとすれば、モンシロチョウやアゲハチョウが捉えている世界は、それとは違うものである。

 それは客観的なものでなく、きわめて主観的な、それぞれの動物によって違うものであるということになる。それがそのモンシロチョウが構築している世界だとすると、きわめて限定された、まさに主観的な世界を見、客観的な世界を構築しているのだろうか。

 それも違う。人間にも、知覚の枠というものがある。誰でも知っているとおり、われわれには紫外線や赤外線は見えない。そのようなものは現実の世界に存在しているのであるが、われわれにはそれを見ることも感じることもできない。ただその作用を受けているだけである。

 動物たちにも、それぞれの知覚の枠があって、アゲハチョウの場合にはその枠が非常に広い。彼らは紫外線を感じることができる。それに従って彼らは世界を構築している。それは人間が見ている世界の一部ではない、人間が見ている世界を超えたものである。そして人間には彼らの世界を実感することができない。

 「環世界」は決して「客観的」に存在する現実のものではなく、あくまでその動物主体によって「客観的」な全体から抽出、抽象化された、主観的なものである。

 世界を構築し、その世界の中で生きていくということは、その「環世界」を見、それに対応しながら動くということであって、それがすなわち生きているということである。そして彼らは(チョウ)は、何万年、何十万年もそうやって生きてきた。

 人間はまた全然別の「環世界」をつくって、その中でずっと生きてきた。環境というものは、そのような非常にたくさんの世界が重なりあったものだということになる。それぞれの動物主体は、自分たちの世界を構築しないでは生きてはいけないのである。

 われわれ人間も、人間以外の動物も、何らかの形のイリュージョン(幻想)によって世界を構築し、その中で生きている。どのようなイリュージョンを持つかは、それぞれの動物によってさまざまに異なるが、その基本的な根底となるのは知覚の枠である。黄(黄緑)、青緑、青という三原色に加えて、紫外線をひとつの色としてみることができるらしい昆虫たちは、これらの色の混合に基づく色彩世界を構築している。

 それは赤、黄、青を三原色とし、紫外線は見えない人間にはけっして実感できない世界である。どちらの世界が真実かと問うことは意味をなさない。昆虫たちは彼らの見ている世界を真実と思っているだろう。われわれ人間はわれわれの見ている世界を真実だと思っている。

しかし、いろいろな草木が茂り、花を咲かせている自然の一隅を、昆虫とわれわれが見ているとき、見ている世界はおそらくまったく異なるものであるだろう。そのどちらが真実であるかを言うことはできない。同じひとつのものを、昆虫と人間がそれぞれイリュージョン(幻想)によって認知してるに過ぎないからである。

(「動物と人間の世界認識 イリュージョンなしには世界は見えない」日高 敏隆 2007.9.10 ちくま学芸文庫より編集引用)

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