心拍変動(HRV)の臨床的意義とは Topics

海 朝日
 19世紀以降、フランスの生理学者C.ベルナールの内部環境の定常性の考え方、そして今世紀に入ってのW.キャノンのホメオスタシス(恒常性)の概念が長らく生理学そして医学の世界を支配していました。生命の維持、種の繁栄のための最も大切な要件は、生体の内部環境を定常状態に維持することと信じられてきたのです。そこでは生命の機能が変動したり、ゆらいだりするなどという考え方は、まったく受けいれられませんでした。

 ほんの20~30年前まで、私たち人間を含めた生物が、体内に計時機構を持ち、生命活動にリズム性を与えていることは証明されませんでした。つまり、生物時計や生体リズムの機構の解明は、ホメオスタシスの概念に阻まれて、著しく遅れてしまいました。ところが1972年に、アメリカの研究グループによって、哺乳類の生物時計の中枢が視交叉上核であることがつきとめられました。これを契機として、主として約24時間周期のリズム、サーカディアンリズム(概日リズム)の機構の解明が急速に進みました。

 今日、生体リズムは、時間遺伝子から作られる時間蛋白質によって制御される生物時計の支配をうけることが、人を含めたいくつかの生物について明らかにされつつあります。生命現象の多くが周期変動を示し、しかも、その周期は1日のみならず、ミリ秒単位から、秒、分、時間、7日、28日、1年などさまざまな長さを持っています。しかし、これら生体リズムおよび生命活動のゆらぎは、従来のホメオスタシスの概念を否定するものではありません。

 生命維持のためには、変動するリズムは一定の幅に収まっていなければなりません。その意味では、生体リズムとホメオスタシスは、対立する概念ではなく、車の両輪のような関係にあるといえます。循環器学の領域においても、少し前までは、心拍数の変動には大きな関心は払われていませんでした。また、心拍数を含めて、心機能の変動は、一律に病的な減少と捉えられ、予後の不良を示唆するとさえ理解されたことがありました。

 しかし、ME技術の発展に伴い、生体情報を非侵襲的に長時間観察することが可能となり、生体機能には、リズム、ゆらぎが普遍的に存在することが確認されました。逆に、心拍などにまったくリズム、ゆらぎがないことこそ、重大な病的意義があることがわかってきました。生体リズムは、自律神経系、内分泌系をはじめ、あらゆる生体機能にみられます。特に自律神経の短期そして長期変動は、生命活動のほとんどあらゆる局面において、重要な役割を果たしています。

 しかも近年、この観察は、心拍変動という指標を用いて、非常に簡便となり、かつ精度が高くなってきました。心拍変動に関する研究は急速に発展し、臨床医学の多くの領域における疾病の、生理的、病態的アプローチ、そして新しい治療戦略への応用などに有用性が高いことがわかりつつあります。心拍変動を通じて生命活動の深淵を垣間見ることができるように思われます。

(「心拍変動の臨床応用ー生理的意義、病態評価、予後予測ー」編集 林 博史 1991.1.15 第1版 医学書院より引用)

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