抗生物質の由来 Topics

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コッホの原則

 いくつもの病気の原因が細菌であることを発見したコッホは、それを証明する際の三つの条件を示した。「コッホの原則」と呼ばれるものである。

①ある一定の病気には一定の微生物(細菌)が見出されること

②その微生物を分離し、感受性のある動物に感染させて同じ病気を起こせること

③その病巣部から同じ微生物が分離されること

 現在では、この三つの条件すべて満たさない病原体も存在することが明らかになっているが、病原体とヒトとの戦いにおいて、「コッホの原則」は金字塔と言ってもよい指針だった。

抗生物質とその由来

 これらの病気の治療において決め手となったのは、現在も医療現場では欠かせない薬品となっている抗生物質である。抗生物質とは、微生物の増殖を抑制する物質の総称で、英国人医師フレミングがアオカビの中からペニシリンを発見した(1929年)。

 フレミングは雑然とした研究室で細菌の研究をしていた。ある日、実験結果を整理していると、以前から行っていた黄色ブドウ球菌の培養シャーレが目に付いた。それは実験中にコンタミネーション(意図せずにカビや異物が混入すること)を起こし、カビが生えていた。

 よくあることだが、けっしてほめられたことではない。清掃を怠り、雑然とした部屋で実験を続けていた結果なのだから。フレミングは、たぶん、ため息交じりにそのシャーレを見た。アオカビのコロニーの周囲だけ、黄色ブドウ球菌が生えずに透明になっている。こんなことは当時の少なからぬ研究者が経験したはずなのだが、フレミングはここでひらめく。

 アオカビが産生する物質が黄色ブドウ球菌の生長を妨げたのではないか。彼はアオカビを液体培地で培養し、その培養液を濾過する。そして、濾液の中に抗菌物質が含まれていることを発見した。フレミングの予想どおり、抗菌(抗生)物質はブドウ球菌が増殖する際に働く特殊な酵素の作用を妨害していたのある。この物質にはアオカビの属名からペニシリンとの名が冠せられた。

 薬として実用化されるまでには、発見後10年以上の歳月を要したが、第二次世界大戦では多くの負傷兵や戦傷者を感染症から救うことになった。ただし「碧素(へきそ)」の名で日本で製品化されたのは戦争末期で、医療現場に登場したのは戦後のことである。

 ペニシリン以後、いろいろな抗生物質が発見され、それまで特効薬のなかった病気が次々に克服された。結核菌を退治するストレプトマイシンなどはその代表例である。

(「動的平衡」福岡伸一 2009/2/17 木楽舎より引用)

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