日本人と米食(主食) Topics

 日本人が大好きな白米ですが、じつは「日本人は昔からお米を食べていた」ということは嘘だとわかってきます。日本にヒトが住み着いて3万年くらいの時間が経っていて、縄文時代の終わりから弥生時代に米が伝わり、作られるようになるまでの過程は先にみてきたとおりですが、そうすると日本で米が作られるようになったのは、ほんの3000年くらい前のことです。

 しかし、それ以降も、日本人がいつでも腹一杯、お米を食べていたかというと、そんなことはありません。江戸時代には、稲作は特に盛んになりましたが、お米は今の貨幣のようなもので、武士が管理していて、農民、庶民が普通に食べられるものではありませんでした。200年くらい前になっても、農民、庶民は米を食べられませんでした。

 北海道の屯田兵の食事にも、麦や粟やひえが主体であって「お米を浮かべて食べた」という記録が残っています。明治時代には、日清戦争で兵隊を集めるために「お米を1日6合食べさせる」という誘い文句で徴兵し、それが成功してたくさんの兵が集まったという逸話があることからも、当時の庶民にとっていかにコメが魅力的で、価値あるものであったかわかります。

 とはいえ、つい最近までコメは生産量も低く、すべての国民が食べられるような量は作れませんでした。お米が日本中にいきわたって誰でも食べられるようになったのは、秋田の八郎潟の干拓が終わったころと言いますから、1960年ごろのことです。多くの研究で、だいたい第2次世界大戦後になって、やっと米が「主食」になったと言われています。

 白米を銀シャリと呼び、「腹いっぱい食べて死にたい」という言葉も残っているように、お米を食べることは、庶民の憧れでした。麦や粟、ひえには、「食べすぎて死にたい」などという言葉は残っていません。お米がいかに貴重なもので、庶民の手に入らないものであったかを知る言葉です。

(「ケトン体が人類を救う」宗田哲男 2015/11/17 光文社新書より引用)

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