寿命の限界 Topics

老夫婦 歩き

寿命と生活習慣病

 ある特定の生活習慣病の発症を予防することは可能と思いますが、仮にすべての生活習慣病の発症が阻止されてしまったとしたら、ヒトはどうしたら死ねるのでしょうか?

 近年、重大な死因として、さまざまなガンが浮上してきました。ガンは、例えば「発ガン性物質といわれる化学物質で引き起こされる場合があるのは事実でしょう。ですから、このような意味で、「われわれのまわりの環境が日々悪化しつつあることがガンの発症率を高めているのではないか」との心配を生みます。

 もちろんこのような側面がゼロとはいいませんが、死因としてガンが増加している最大の要因は、「脳溢血」を始めとする、過去に大きな死因であったもので人々が亡くならなくなり、高齢化しているからです。ガンは、ある確率で起きている遺伝子の変異が発端です。したがって、全体的な平均値を取れば、高齢になればなるほどガンが発症する確率が上がるのは致し方ないことなのです。

 つまり、生活習慣病をどのように定義するかは問題ですが、先に述べた「個体に寿命を付して、世代を越えながら適応を高めていく」という生命の根本的パラダイムが変わらない限り、「加齢に伴って身体機能が低下し、障害と認識される出来事が降りかかってくる」絶対に避けられないはずです。

 「生活習慣の改善によって、すべての生活習慣病の発症を阻止する」ことなどは理論的に不可能なことです。われわれに残されている道は、ピマ・インディアンの人々が伝統食に戻ることで死亡原因としてのⅡ型糖尿病を減少させた例のように、個々の生活習慣病の発症を「遅らせる」ことだけです。

「ピンピン・コロリ」の世界へ

 仮に、個々の生活習慣病の発症を遅らせるという試みが成功裏に進めば、最後には、複数の生活習慣病が期を同じくして発症してくるに違いありません。それこそが、われわれの求める「天寿」であり、世に言う「ピンピン・コロリ」の世界です。前日まで孫と議論していて、翌朝、安らかに永眠した姿を発見されるというのは、これから先どれほど私が生き続けるか定かではありませんが、文字通り人生最後の願いであると考えています。

 二〇五〇年には、三人に一人が六五歳以上の老人になると予想されています。「生殖寿命をはるかに超え、身体機能の明確な衰えが現れてくる年齢の人々が、人口の三分の一を占める」という事態は、過去のヒトの歴史にはまったくありえなかったことです。

 「自然食品」、「自然にかえる」など、情緒的な「自然」が洋の東西を問わず語られていますが、このような人口構成は、すでに「自然」の域をはるかに超えています。つまり、このような人々は、その存在自治が「不自然」なのですから、「たとえ求めようとしても、求めるべき自然がもともとない」というジレンマにあるのではないでしょうか。

(「ヒトはおかしな肉食動物」より引用)

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