延命治療とリビング・ウイル(生前意思) Topics


 何らかの持病があってその治療をされている方は、必ずリビング・ウイル(生前意思)を書いておきたいものです。もちろん、今はとくに治療をしていないという方も、いつ何が起こるかわかりませんので、書いておいて損はありません。

 リビング・ウイルを書いておくと、自分だけでなく周囲も困りません。たとえばがん治療にしても、本人がどこまで望むのか、もし満足に会話ができなくなったとしても、それ以前にちゃんと自分の意思を残しておくことで、治療方針があやふやになりません。

 私は医師ですから医療側の気持ちはわかりますが、本人の意思であるという何より優先されるべき事実の前においては、医療側も無理な医療の押し付けはできません。リビング・ウイルは他界するまでの「自分の基本方針」です。

 最近は医療側の状況を分かったう上で「お別れが近いときには無理に延命しないでほしい」と願う人も増えてきています。長年の病院勤務で痛切に感じたことがあります。どう考えても、どう処置しても助かる見込みのない患者に対して、家族が「何でもいいから、どんな形でもいいから生かしてくれ」と懇願するケースが意外と多く、そのたびに「どうして静かに逝かしてあげられないものか」と困惑したものでした。

 もちろん、家族なりの思いは否定しません。思いがあるからこそ、全身チューブでつながれた重篤な状態であるにせよ、生きていると認識するのでしょう。でも、本人はどうでしょう?そんな状態で「ああ、生きている。よかった」と満足感でいっぱいでしょうか?

 昏睡状態の人も、他界直前の人も、口では話せない、動けないというだけで、周囲の状況や会話の様子はわかっているもののようです。まれには意識が肉体から離れたり戻ったりしていることもあるようで、病室などの様子をよく見ていることもあります。

 ですから自分の置かれている状況に悲しい思いを抱いているに違いありません。残念ながら家族は、どうしても自分の思い込みで間違ったことを考えてしまうものです。たとえば、病苦から解放されて瞬時にあちら側の様子が見えてしまっている、いわゆる「お迎え現象」を迎えてしまっている人は、「もう逝かせてくれ」と思っているかもしれませんが、それでも家族にしてみれば、「逝かないで」と頼むこともあります。

 疎通ができないので現実にはわかってもらえないのです。そんな状況を迎えてしまう前に、「胃瘻はしないでほしい」「自発呼吸が不可能となっても人工呼吸を装着しないでほしい」といった治療に関する希望を書き残しておくことが必要なのです。これは、リビング・ウイル(生前意思)の医療編といえるものです。

(「今を楽しむ」矢作 直樹 2017.7.12初版 ダイヤモンド社より引用)

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